起業家コラム

はじめての雇用

2024年3月6日

一人会社でスタートした会社であっても、事業が順調に拡大される段階に至ればスタッフの雇用を検討することになります。起業開始当初から人が必要だという会社もあるでしょう。はじめてスタッフを雇うことを予定されている方に向けて、そのポイントと注意点をご紹介します。

雇用の心構え

パート、アルバイト、正社員など、その雇用形態を問わず、起業を始めるまでに大半の方が労働者の立場を経験されていると思います。日本には労働者の権利と福祉を保護するための「労働基準法」という法律があります。労働者はこの法律により手厚い保護を受けていますが、働く立場で実際にどのように保護されていたのかはあまりピンとこないかもしれません。

*労使双方の関係を規律する法律は労働基準法以外にも各種あります。これらの法律をまとめて以降は「労働法」として記載させていただきます。

当然ですが、起業をして事業主となる皆さんは労働者という身分ではなくなります。労働者を雇う側になりますので「使用者」となります。使用者となった以降は各種労働法に縛られることになり、法的な責任と義務を負う立場になります。この法的な部分以外にも、道義的な責任や義務も同時に負うことになります。

このご時世にも関わらず、解雇を安易に考える経営者が未だ存在します。しかし、解雇という処分は非常にハードルが高いのです。コンプライアンス意識の欠如もさることながら、そもそも、そのような感覚を持つこと自体が事業運営上深刻なレベルで問題が大きいと言えます。スタッフを雑に扱った結果、経営が立ち行かなくなった会社はいくつも存在します。

使用者とスタッフとの間では労働契約が締結されます。あくまでも「契約関係」になりますので、その関わり合いはドライであっても何ら差し支えありません。しかし、人を雇うということは、その人の人生の一部を預かることになります。使用者の立場であっても、スタッフに対して一定の敬意を払う必要があります。少なくとも、スタッフ個々の個性を認めてそれを尊重することが大切です。

感情に気を配る

スタッフを雇う場合に労働法を遵守することはもちろんですが、その他にも気をつけるべき事項はいくつもあります。もっとも気を配るべきところは人間関係でしょう。社長とスタッフ、スタッフ同士、スタッフと取引先、どの関係もそうです。皆さんが労働者であった頃を思い出してみてください。その時々の感情が仕事の質や成果に影響を与えることはなかったでしょうか?

「ヒト・モノ・カネ」、言わずと知れた経営の3資源です。最近はこれに「情報」を加えて4資源とも言われます。この中で最も大きくレバッジを効かせやすいリソースは人です。会社の業績を上げるためは社員教育が当然必要になってきます。これと同時に、スタッフのモチベーションの向上と維持が欠かせないことも誰しもが理解していることでしょう。多くの社長が腐心するところですね。ここで意外と見落とされているのがスタッフの感情です。モチベーションを形成する主要な要素は感情です。例えば、不安、怒り、悲しみの状態からは高いモチベーションなど発生しにくいことは容易に想像できます。逆に、ポジティブな感情であればどうでしょう?高いモチベーションの発生が期待できる状態と言えるのではないでしょうか。

生産性を向上させるためには何が必要なのか?を研究した「ホーソン実験」という試みがあります。待遇や物理的な環境よりも、人の感情や人間関係が生産性により大きな影響を与えるといった結果がこの研究で示されています。また、心理学の分野にはなりますが、「誰かの期待を受けることにより作業などの成果が上がる」というピグマリオン効果という論文もあります。どちらも人の感情によって生産性(結果)が影響されるという結果を示すものです。いずれも批判的な意見はあるものの、人を雇う経営者として一読に値する内容です。興味がある方は深掘りされるのもいいと思います。

また、社長のスタッフに対する態度が会社の文化を形作っていきます。使用者として常に正しく毅然とした態度で接していくことを心がけましょう。先に「個性を認める」と言いましたが、尊重すべきは性格、価値観、特徴などそのものであって、その個性由来の問題行動があるようなら、その都度助言や指導を行って是正を求めなければなりません。感情に気を配り丁寧に行う必要はありますが、これに遠慮は不要です。会社は労働契約で定めた賃金を支払う義務があると同時に、瑕疵のない労務の提供を受ける権利も有します。

実務上の注意点

冒頭で「労働者は法律により保護」されていると言いましたが、人を雇用する際に会社が行わなければならない事項は多岐にわたります。その主だったものを挙げていきます。

1.雇用の際に発行すべき書面

労働基準法では、労働者を雇用した場合に「労働者名簿」の作成及び保存が義務づけられています。これとは別に、雇用する際に「労働条件通知書」という書面を交付しなければならないルールもあります。また、その交付は義務付けられてはいませんが、「労働契約書」という書面を作成し労働契約を交わすことが一般的に行われています。それぞれ以下にその違いをお示しします。

① 労働者名簿

賃金台帳、出勤簿とともに法定三帳簿と言われ、使用者の整備保存が義務づけられる書面となります。氏名、生年月日はもちろん、雇い入れ年月日、履歴などが必要記載事項となります。労基署の調査があった際、この作成保存が見られない場合は確実に是正が求められます。これを無視するなど悪質と見られる場合は処分もあり得ますので注意をしましょう。

② 労働条件通知書

労働者を採用する際に必ず交付しなければならない書面です。交付の方法は書面を直接渡す方法が一般的ですが、本人が希望すれば電子メール(一定の条件あり)などでの交付も認められています。記載内容は、給与、就業場所、勤務時間、休日など、労働条件に関する内容で、必ず記載しなければならない「絶対的明示事項」という項目もあります。交付を怠った場合は罰金が科せられることもありますのでこれも必ず作成交付しましょう。記載内容と雇用実態が違う場合は、労働者は即時に契約を解除することができ、賃金に誤りがあれば、その差額を請求されることになります。

③ 労働契約書

上記2点とは違い、労働基準法上での作成交付義務は定められてはいません。記載内容は労働条件通知書と被る項目が多く、「労働条件通知書兼労働条件通知書」として交付する方法も広く行われています。義務がないとは言え、契約内容を記載し双方が確認するという書面になりますので、トラブル防止のため作成交付をしておくべきです。就業規則も会社と労働者のルールを定めるものですが、これも広い意味で雇用契約書とも言えるでしょう。労働契約書に記載しきれない事項が就業規則によって明示されるといったイメージですね。

ここで是非知っておいていただきたいことがあります。こういった労働契約書は事業主を縛るだけではなく、労働者もその内容に縛られるということです。雇用関係において法律上義務とされ、制限される事項が余りにも多く、会社にとって窮屈なものに感じると思います。しかし、その法律により会社が守られるという側面もあるのです。

上記の書面は全てWeb上でひな形が検索できますので、その記載内容に注意しつつ作成を行いましょう。但し、就業規則に関しては専門家の意見を聴くか作成してもらうことをオススメします。記載される内容によって会社が著しく不利になる場合もあります。法律やルールによって会社を守りたいのならば、会社の実態に即した就業規則を作成しておかなければなりません。

2.労働保険、社会保険の加入

労働者を雇用する場合に、その雇用条件によって会社が加入すべき保険があります。それぞれの加入要件などの詳細は本サイト内の別記事「社会保険のしくみ」でご説明しますが、大まかに説明しますと、労災保険、雇用保険を合わせたものが「労働保険」とされ、健康保険、介護保険、厚生年金保険が「社会保険」とされています。これら全てを総称して「社会保険」と言ったりもします。これらの保険は労働者の生活を保護するものであって、加入が義務付けられるものは無条件で必ず加入しなければなりません。

ぞれぞれの保険で加入要件の差異がありますが、見るところは所定労働日数や時間などです。(所定労働とは労働契約などで定められた就業時間)例えば、雇用保険の場合、雇用契約は31日以上で所定労働時間が週20時間以上の場合(昼間学生を除く)はマストで加入となります。しかし、20時間未満の労働契約であっても、実態としてこれを超えることが常態化していると認められる場合は、当然雇用保険に加入させるべき労働者となります。このケースで悪意なく加入を失念してしまうケースが多いので注意しなければなりません。

例えば、週15時間で労働契約を結んでいる労働者が、繁忙期の到来などで労働時間が一時的に増えることがあります。これが単月のみで終わればいいのですが、複数月その状態が続き、いつの間にかそれが当たり前になっている場合があります。事業主に保険加入逃れという悪意はなく、ついつい時間の管理がおろそかになっていたというケースです。悪意はなかったと言え、労働者のある意味権利である保険の加入をさせていなかったわけですので遡及して加入させなければなりません。

3.賃金の決定、計算の方法

労働者から不満が出やすいところが賃金です。成果を出せないスタッフに対して給与を支払いたくないという感覚を持つ事業主は多いと思います。気持ちは分かるとしても、その感覚はパワハラや未払い賃金を発生させる芽になりますので注意をしましょう。日本の法律では時間に対して賃金が支払われるのが原則です。1日働いて成果が0であっても、実際に労働の提供があれば契約賃金を支払わなければなりません。ここをしっかり理解する必要があります。
簡単なものでも構いませんので、人事評価制度の構築を目指しましてみましょう。人事考課基準など難しいものでなくとも、賃金等級表といった簡素なものから始めても構いません。例として、1等級から10等級程度の範囲で、その等級毎に必要なスキルや行うべき業務など定め、これに対応する賃金を決定するのです。労働者は社内において正当な評価を望みます。事業主の評価の客観的な根拠をいつもで示せるようにしておくことが重要です。簡素な賃金等級表であっても、ほんの数日で完成するものではなく、数ヶ月を掛けて、修正、加筆繰り返しながら完成を見ることになると思います。丁寧に実態に即したものを作成していきましょう。スタッフの意見を聴くのもいいと思います。関与させることで責任を共有することもできます。

賃金の計算についても慎重を要します。変形労働制採用の場合などを除き、1日の労働時間が8時間を超えた場合は1.25倍の割増賃金を支払う必要があることは皆さんも承知をされていると思います。1日の他にも、1週40時間(一部の業種は44時間)を超えた部分についても割増賃金の対象になります。この週残業の計算を行っていない、または、誤った計算をしている会社が非常に多いです。これも社会保険の加入と同じく、悪意がなかったとしてもゴメンで許されることではありません。請求されますと3年前に遡って(将来的には5年)支払わなければなりません。未払い賃金額が100万を超えることも普通に聞く話です。この時間の計算とともに、残業単価に含むべき手当というルールもありますので、不安であれば専門家に給与の内容をチェックしてもらうのもいいでしょう。給与計算自体を専門家に委託すれば、先の社会保険の加入漏れ対応もしてもらえますので、計算を丸ごと外注するという選択もアリだと思います。

まとめ

人を雇うことで発生する面倒や負担は少なくありません。しかし、有能な人材は非常に貴重な経営資源になります。
また、孤独な経営者と同じ夢をみる仲間にもなってくれたりもします。社長である皆さんと心を一つにしてくれるスタッフの存在は非常に心強いものです。

この記事を書いた人

たみお
行政書士・社会保険労務士。士業事務所を営む傍ら人事労務コンサルタント会社を運営。人材マネジメントを得意とする。

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