起業家コラム

小さな会社の人材活用戦略

2024年3月12日

多くの会社が人手不足に直面しています。特に中小企業の7割近くがこの問題を抱えていると2023年9月に日本商工会議所から報告されおり、豊富な人材に恵まれるのは大企業や特定の専門職のみに限られます。創業して間もない会社や人の確保に苦労する中小企業が、限られた人材をいかに有効活用していけば良いのかを本記事で考えてみます。

人材活用の方法

スタッフの潜在能力を最大限引き出し、また、能力以上のパフォーマンスを発揮させることが、人材活用の肝であると言えるでしょう。会社はこの目標を達成するために社員教育を行い、職場環境を整え、待遇改善に取り組み、人材配置の最適化を図ります。以下それぞれ見ていきます。

①社員教育

社員教育は生産性の向上を主な目的とします。帰属意識を高めてもらうため独自の研修を行う会社もあります。実務を教示するOJTはどの会社でも広く行われていることでしょう。スタッフ個人の成長を促すためのリーダー研修や、組織を活性化させるためのマネジメント研修。最近はe-ラーニングでビジネスマナーやコンプライアンス講座などの受講を社員教育として実施する会社もあります。

②職場環境の整備

端的に言えば「働きやすい職場」を創ることです。例えば、育児や介護と仕事を両立できるよう支援を会社として行うこと、ワークラーフバランスに配慮した働き方の提供などです。本サイト内「はじめての雇用」の記事内でも触れていますが、スタッフの感情に気を配ることなども非常に重要です。スタッフが少ない会社は個々人の事情を把握し易くあります。良好な就労環境の追求については、小さい会社が強みを発揮できるところです。

③待遇改善

分かりやすいのは賃金の見直しです。最低賃金付近で求人を出しても、そもそも人が集まりにくいのが現状です。賃金を上げるのはいいことですが、短絡的でルールのない賃上げは危険な行為です。一時的にスタッフの士気は高まりますが、あくまでもほんの一時のものです。やがてそれは「当たり前のこと」になって、筋違いの権利意識を喚起させる導因にもなります。賃金上げに関しては秩序だって計画的に行うことです。基本的賃金で同業他社を圧倒できないのならば、企業型DCなどの福利厚生を制度として導入することを検討してみるのも良いかもしれません。

①から③に関しては、いわば教科書的な取り組みであってどの会社でもそれなりに力を入れて実施しているところです。しかし、なすべき事のピントが外れ、相互が連動して動いていないことも往々にしてあります。また、その効果の測定についても適切になされていないケースもあり、まさに「労多くして功少なし」といった状態も少なからず見受けられます。

内容の精査と結果に対するプロセスの検証を怠りますと、実りの多寡の理由を「やる気」や「能力」に求めてしまうことになります。スタッフ側にしてみれば厄介でことですが、このことは人材配置にも密接に関係してきます。

人在配置の適正化

小さな会社が考える適材適所ですが、面接時の受け答えの内容に併せ、履歴書や職務経歴書などの情報をその根拠とするのが一般的だと思います。筆記試験や適性検査で資質や性格を追加情報として大まかに把握することもあります。保有する資格やスキルを持って無条件に特定の業務に就かせるといったこともあるでしょう。本人の希望も斟酌はしますが、スタッフが持つ能力や経験に基づき、仕事の器に人を入れこむといった感じでしょうか。例えば、簿記の資格を持つスタッフで、職務経験も事務一筋の方であれば、「事務職」ということになると思います。本人もそれに不満を感じないことはもちろん、何の疑問も持たないのが普通かもしれません。

皆さんに一つ質問をお出しします。
あなたが働く立場で最も重要と思うことは以下のどれでしょう?その順位付けもしてみてください。

A.集団の中で役割を分担し皆が仲良く楽しく仕事を進めること
B.自分の力で社会を変えることができる仕事であること
C.組織の中で自分の能力が十分に活かされていること
D.仕事の成果を問われることが一切なく決まった給与が毎月保障されること
E.組織の中で自分が尊敬される立場にあること
F.毎日決まった時間の終業が約束されて休日も多いこと
G.とにかく稼げる仕事であること
H.誰にも指示されることなく一人で黙々と仕事ができること
J.実力次第で組織の中でより高い職位につけること
K.絶対に潰れることがない会社であること

皆さんの「気質」を探るちょっとした質問です。答えはありませんが、これで未知の自分を発見する方もいます。(現場での実際はもっとたくさんの設問を設定して活用しています)皆さんも何か気づきはなかったでしょうか?

才能、素質、性格、資質などとはまた違うものと捉えられ、私の解釈としては、「人となりの核」となるのがこの気質だと考えます。心理学的な考えでは、気質は先天的な性質であって、性格とは違い、経験や環境によってしても変化し難いものであるそうです。

いつも愛想がよく如才ないスタッフがいます。営業経験もありコミュニケーション能力も高そうです。会社は営業の人員が不足しており、自然な流れで営業部門の配置が決定されます。しかしです。ハードな営業に配属されたそのスタッフが、D、Fを最も重要だと感じるような人だったらどうなのでしょう?一時的には結果を出すことが出来るかもしれませんが、安定した結果の持続を期待できるでしょうか。

性格とは違い、気質は顕在化しにくいように思います。本人も気づかない部分があるでしょう。気質と行動(立場)のギャップは様々な歪みを発生させます。それがゆえに心の疲労を積み重ねている方も非常に多いように感じています。戦略的な転職ができない方に多い例かもしれません。この歪みは会社内においても多くの問題を発生させます。機会の損失を招くことはもちろん、スタッフの歩留まりにも大いに影響してきます。成果が見られないのは、「やる気」や「能力」だけの問題ではありません。

実例からの学び

“以下の実例を掲載することにつきお客様の同意を得てはいますが一部脚色しています”
ある会社からスタッフの遅刻欠勤が増えてきたという相談を受けました。メンタルの不調を訴えている者もいるということも聞ききます。実のところ、その訴えの主は上記の営業マンです。メンタル不調の訴えを放置はできません。心療内科の受診をお勧めし、後日、その診察結果を踏まえて社内での対応を協議することになります。健康状態に十分配慮しつつ本人に聞き取りなども行いました。どうやら営業職に限界を感じている様子なのですが、そもそも自分が何に苦痛を感じているのかの自覚もおぼろな状態だったようです。

当人については心的な負担の少ない間接部門への配置転換を提案するとともに、その他のスタッフについても、これを機に人配の抜本的な見直しをしてみては?と社長にアドバイスをしました。玉突き人事という大仕事にもなるので社長はこれに難色を示します。しかし、もともとスタッフの離職率が高い会社です。その方法と効果の見込みを丁寧に説明したところ、「うちの会社はあなたの実験場ではないぞ」などとチクチク言いながらも社長は渋々同意します。
元営業マンには生産管理部門への異動の辞令を発し、主にバックオフィス業務を任せることになりました。残業や休日出勤は原則なし、ただし、給与は下方改定されるという内容で労働条件も変更になりました。本人はこれを快諾します。

期待通りの結果を得ることができました。元営業マンのスタッフはベンダーとの連絡調整役としてもはや会社に欠かせない人材となっています。本人もいたって前向きに仕事に取り組めているとのことで、持ち前の快活さも取り戻しています。同時に異動となったその他スタッフのエンゲージメントも確実に高まっているようで、その後の業績と離職率の数字がこれを如実に示しています。

気質探りの質問は「マズローの欲求五段階説」を参考としていますが、この説に乗っかるならば、元営業マンの欲求もこれからさらに高次なものに向かうことになるのかもしれません。そうなれば会社にとってもメリットが多く副次的な効果も望めるかもしれません。

視点を変えてアプローチすることで大きな効果を得ることができたという一つの例です。もちろん同じ手法が全ての会社で通用するわけではありません。とは言え、適切な人の配置の重要性はどの会社も同じことであって、特に小さな会社はスタッフが発するシグナルが微弱であってもキャッチしやすいはずです。人材活用に行き詰まりを感じることがあれば、人の気質を鑑みた人配を行ってみることをお勧めします。

雇用によらず外部人材を活用する

優秀な人材の確保は「雇用」だけに限りません。外部に求めるという方法もあります。
人材をアウトソーシングするという考え方です。

アウトソーシングと聞けば、定型化しやすい特定の業務や業務の一部を外部に発注することをイメージされると思います。バックオフィス業務やテレアポなどがそうです。

IT業界では専門業務を法人個人問わず外部に委託する会社が近年増え続けています。建設業では「一人親方」と言われる立場の方が下請けとして工事の現場に入ることが行われます。美容室でも「面貸し」というスタイルで、個人の美容師さんがスペースを借りて施術することがなど行われています。これらも広く考えればアウトソーシングと言っていいでしょうが、その目的は労働力の補完という性質が強いように感じます。

働き方が多様化する今般、会社の人材確保も柔軟にその手段を考えてみてもいいかもしれません。
「社外取締役」という言葉を耳にしたことがあると思います。これも会社の業務執行の意思決定を行う役員を外部から迎えることになるので、広義的には人材をアウトソースするということになるでしょう。(厳密には契約の内容と法的な責任、事務手続き上の扱いなど様々な相違はあります)
各種コンサルタントや士業の先生方、その他高度専門職も同様です。顧問契約などを締結し、専門業務を外部にアウトソースしているわけです。専門知識や資格を持って活動されている専門家ですので、一定の能力は担保されているはずです。

優秀な人材を外部で確保できたとしても、それが「自社の人材」と考えていいのかという疑問を持たれるかもしれません。外部の人間に帰属意識を求めることなどきませんし期待もできません。単なる請負契約という関係で、持続性を持って会社の発展にコミットしてくれるのか?という疑念は確かにあるところでしょう。

雇用の場合は雇用契約書などを交付しますが、アウトソーシング(本記事では請負契約と同義とします)
の場合は、「請負契約書」などを作成し双方で内容を確認し契約を締結します。この契約書には、業務の内容、請負金額、期間、納品方法、損害賠償、瑕疵担保責任などの内容が網羅されます。ある意味で雇用契約よりも内容の縛りは厳しいものであると言えるでしょう。

例えば、雇用契約の場合であれば、多くの会社が一ヶ月前に申し出ることを原則(法的には2週間前)としますが、仕事が嫌になればスタッフはいつでも退職を申し出ることができます。会社の事情を顧みず、退職前一ヶ月すべてを有休消化するといケースも珍しくありません。社員教育や福利厚生に相当の投資をしたにも関わらず退職された場合でも、その償還を求めることは当然ながら出来ません。

請負契約の場合は嫌になったからと言って簡単に請け負った業務を放り出すことは許されません。契約の内容にもよりますが、多額の違約金を請求される場合があります。また、納品した仕事の品質が悪ければその責任を問われることもあります。さらに、契約違反があれば直ちに契約解除をされたりもします。そもそも受託された側は、それを専門業務として報酬を得ることを業としますので、市場から退場させられるような不義理な行為など普通は行いません。関係の安定性を見ても雇用契約関係を上回るのではないでしょうか。より強い繋がりを求めたいのであれば、契約書に「月に一度会社の経営会議に参加すること」など、具体的な関与の程度や深度を示すことです。それを契約の内容の一部にするのです。

労働力の補完とは別に、アウトソーシングのメリットとして、人件費の削減ができるということは知られているところでしょう。業務によっては、アウトソーシングした方がはるかに安価で面倒が少ないといった場合があるのは事実です。この点から、実態は労働者派遣(雇用契約)であるにも関わらず、形式上は請負契約とする脱法行為も行われています。注意すべきところですが。請負契約の場合、会社(発注者)は業務を請け負った者に直接指揮や命令を下すことはできません。例えば、「○時から○時まで働いてください」など言えないということです。業務を請け負った者の判断で自由に業務を行うことが前提となり、業務を完成させて成果物を納めることが、その契約の基本ルールになります。

労働力の補完やコストダウンをアウトソーシングの目的とすることはもはや旧態依然としています。これらのメリットを超える可能性を人材のアウトソーシングは持っています。このことに気づいている方はまだ少ないのではないでしょうか。

労働力不足は我が国の喫緊の課題となっています。本当に優秀な人材を確保することなど、小さな会社にしてみれば宝くじを当てるようなものかもしれません。しかし、市場には活用可能な優秀な人材が一定数存在しています。複数の会社とシェアすることにはなるかもしれない人材ではありますが、「多くの兵より一人の科学者」という局面はどんな会社でもあるでしょう。質の高い人材の確保が、さらなる成功をもたらす契機となるかもしれません。

まとめ

人材活用ですが、スタッフ数が限られる小さな会社で出来ることはそもそも限られていると思われるかもしれません。実は小さな会社であるがゆえの優位性も確実にあります。これは一人会社でも個人事業主の方であっても同様です。優秀な人材を積極的に確保し、その能力を活用してさらなる事業の発展を目指してみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人

たみお
行政書士・社会保険労務士。士業事務所を営む傍ら人事労務コンサルタント会社を運営。人材マネジメントを得意とする。

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