保険と聞けば、生命保険や損害保険など、まさかの時に備えて個人が加入する保険を思い浮かべることだと思います。自分の意思で加入、非加入の選択をする個人保険とは違い、社会保険は法律に定める要件を満たせば必ず加入しなければならない(強制加入)保険制度になります。読んで字のごとく社会的な保険制度であって、被保険者(保険に加入する者)が負担する保険料を主財源として、加入者の生活保障を行う公的な保険制度です。
厚労省のサイトには、「社会福祉」、「公的扶助」、「健康医療・公衆衛生」と共に、国民の「安心」や「安定」を支える社会保障の一つが社会保険だと記載されています。我々の生活を保護するセーフティーネットであるというわけですね。とかく評判の悪い社会保険制度ではありますが、諸外国に比べますと、手厚い保証(特に会社員の場合)が広く国民に約束されてはいます。病気や怪我に対応することはもちろん、失業、出産、障害、死亡などカバーする範囲は広範で、その内容も民間の保険会社ではとても対応できる内容ではないと言っていいでしょう。
社会保険制度の大きな柱の一つである公的年金にしても、その持続性や将来の給付の多寡について疑問を持たれ、その損徳についても疑義があるところです。金融リテラシーが高い人などを中心に、国が主導する「共助」の仕組みついて否定的な意見も多く、ベーシックインカムの導入と同時に社会保障のあり方の見直しをしてはどうかという議論も一部にはあります。しかし、いつの時代も国の助けを必要とする方が一定数存在し、そういう方々を保護していくことで社会経済の安定化を図るというのが現在の国のスタンスです。世代間を超えた「助け合い」を前提とする制度の堅持が、原則的な国の意思とすることを少なくとも我々は理解しておかなければなりません。
それでは、各保険についてそれぞれ詳細を見ていきましょう。以下の各保険を総称して広い意味での「社会保険」と呼びます。
1.健康保険
2.介護保険
3.厚生年金保険
4.労災保険
5.雇用保険
各手続きの窓口はそれぞれ分かれており、1~3までが年金事務所(健康保険の場合は協会けんぽ又は保険組合もあり)、4が労働基準監督署、5はハローワークとなっています。
その性質を分類し、1~3を「社会保険」と呼び、4、5を「労働保険」と呼ぶのが一般的です。その呼び方が示すように、社会的な補償がなされるのが社会保険(狭い意味での社会保険)であり、労働にまつわる場面で補償がなされるが労働保険なのだと分けてイメージされると良いと思います。以下、社会保険と労働保険に分けてその内容をさらに解説します。
会社を立ち上げますと、その会社に社会保険を成立させ、個人毎に社会保険に加入させなければなりません。通常は所轄の年金事務所でその手続きを行うことになります。
保険料については、個人で国民健康保険、国民年金に加入の場合は全額自己負担になりますが、社会保険の場合は会社と個人の折半になります。(子供子育て拠出金分のみわずかに会社負担が大きい)いわゆる公的年金と言われる部分についても、「国民年金」に「厚生年金」が上乗せされるわけですから、会社に所属する保険加入者にとってはかなり有利な制度と言えるでしょう。
さらに、私傷病で連続4日以上欠勤した場合は「傷病手当金」が支給され、出産の場合の産後には「出産手当金」と言う独自の手当が支給されます。傷病手当金についてですが、社長などの役員には受給の権利がないと誤解をされている方もいます。「被保険者が病気や怪我のため働くことができない」のが支給要件となっています。被保険者たる身分は役員も労働者も変わらないわけですから、役員報酬をストップすることに問題がなれば社長であっても私傷病で連続4日以上休業した場合は申請を行う権利を有するということになります。事業開始後しばらくは会社に十分な事業運営資金がない場合もありますので、もしものときはこういった手当が活用できるという知識は備えておきたいものです。
社会保険について特に注意しておきたいことが2点あります。
一つ目は保険料についてです。会社を設立後、社会保険の手続きを行った場合その成立(加入)の月から保険料が発生します。仮に、月の途中で加入となっても日割りの概念がありませんので、例えば月末の25日あたりに加入したとしても一ヶ月分満額の保険料を負担することになります。
当月分を翌月末日までに納付となるのですが、年金事務所から最初に届く納入告知書を見て「何かの間違いでは?」と慌ててしまうケースもあります。会社は給与支払時に個人分の保険料などを控除し給与を支給するのですが、保険料を「預かっている」という意識が希薄なため、会社及び個人負担分が合算された請求保険料を見てビックリしてしまうわけです。会社設立当初は何かと持ち出しが多いものですが、この保険料についてもしっかり念頭に置いた上で資金計画を立てておく必要があるでしょう。
次に、加入後の年次及び臨時の処理です。保険料は「定時決定」という処理で毎年一回見直しがされます。その年の7月1日現在会社に所属する被保険者の4~6月の三ヶ月間に支払われた給与に基づき、その年の9月から翌年8月まで一年間の保険料が決定されるというものです。これについては案内が年金事務所から郵送されてきますので、この処理の漏れは基本的にはないはずです。
これとは別に「随時改定」とういう処理が別途あります。給与が変動した場合(昇給や手当の加算)に、一定の条件の下で保険料が変更される場合があります。該当した場合は申告をしなければならないのですが、この届出を失念してしまうケースが非常に多いので注意が必要です。具体的には、支払基礎日数が17日以上(一部例外あり)であり、基本給などの固定的賃金が変動し、変動した月から三ヶ月間に支給された賃金に2等級以上の差異が生じた場合に届け出を行うことになります。
昇給による改定が一般的であることから届出後の保険料は高くなり、労使双方にとってあまり有り難くないことではあります。ただし、前述しました各手当の支給額の根拠は「標準報酬月額」という等級に基づき計算されますので、等級が高いほど得られる手当の額は大きくなります。適切に申請をしませんと対象者に思わぬ不利益を与えてしまうことになるのですね。将来支給される年金についても少なからず影響を与えてきますので、昇給や手当加算があった場合に、随時改定の届出漏れが発生しないよう作業標準を作成されておくことをオススメします。
ちなみに届出を行っていなかった場合はどうなるのか?ですが、これが発覚した場合は遡及して届出を行うことになります。当然、その間の差額保険料を支払う必要が発生します。会社負担分は自己のミスによる追加納付となるので仕方のないことですが、被保険者負担分を改めて従業員に請求することは道義的にためらわれます。実務的には大半が会社負担として持ち出し処理を行うのが実態です。届出をしないでもバレなければいい?と考えるかも知れませんが、法人である以上、いつかは年金事務所から「社保調査」が実施されることになります。調査では過去2年間分の関係帳簿の提出が求められます。その内容がしっかりチェックされ、届出漏れなどがあった場合は確実にあぶり出されます。同時に社会保険未加入の従業員がいないかも調べられ、これも併せて高額な保険料の追加納付を求められるといったケースも珍しくありません。社会保険の適切な管理については、必ず行うべき社内の業務の一つとして認識しておきましょう。
社会保険の場合は、いわゆる一人会社で労働者を雇わないという会社であっても、その一人の社長には報酬が発生するのが通常ですので、原則的には社会保険が成立していない会社というのはあり得ないことになります。しかし、労働保険の場合は、労働者の雇用がなければ会社として労働保険に加入する必要はありません。労災保険と雇用保険の二つの保険から労働保険は構成されますが、それぞれの内容を以下にお示します。
労働基準監督署へ成立の届け出を行うことになります。雇用保険とは違い、原則としてパート・アルバイトを1日でも雇うことになれば強制加入となります。労災と聞くと、被災した労働者が保護される保険なのだといったイメージがあると思いますが、死亡した場合はその遺族にも補償が及ぶといったところに特徴があります。業務中の事故はもちろん、通勤途中の負傷にも各種の給付がなされます。分かりやすく言えば、仕事の用を帯びた場面で被災した場合に労災保険が適用されるということです。希にあるケースとして、帰宅途中に私用で寄り道した場合などは、その理由が「日常生活上必要な最小限度の行為を行うためである場合」以外は労災が適用されないことになるので注意をする必要があります。
補償の内容は、病院にかかる治療費が無料になる「療養補償給付」から、療養のために働くことができない場合に給付される「休業補償給付」など、カバーされる補償の種類は広く様々です。業務上、通勤途中の事故は、日々発生する可能性があることですので、発生した場合にはどのような流れで処理にあたるのかを決めておくことで実際に事故が発生した場合でも比較的スムーズに処理ができます。これが出来ていませんと、被災者に手続き上のあらぬ手間や不利益を与えることにもなりかねません。具体的には、労災発生連絡票などを作成しておき、必要な事項を埋めていけば書類などが直ちに作成できるようしておくとよいでしょう。
届け出はハローワークにて行います。
労災保険とは違い加入要件がありまして、1週間の所定労働時間は20時間以上で、31日以上の雇用見込みがある方が加入対象になります。ですので、社会保険と労災保険は適用になるが、雇用保険は適用なしといった会社の場合もあり得るわけですね。
代表的な給付として失業保険が広く知られていますが、この他にも、再就職手当、育児・介護休業手当、高年齢雇用継続給付などの給付が広く行われており、雇用保険も給付の内容は多岐に渡ります。意外と知られていないことですが、各種助成金を申請するにあたっては、雇用保険の加入事業所(加入者)であることが要件と一つとなっています。
雇用保険についても加入漏れが多い保険で、雇用保険に加入させるべきパート・アルバイト従業員を未加入としているケースが非常に多く見受けられます。社長は日々忙しい業務の中で、個々の従業員の労務管理を細かく行うことは難しいと思いますが、例えば、給与計算担当者に、毎月労働時間のチェックを行うことを指示するなどの加入漏れ対策を行っておくべきでしょう。本来加入させるべきであったパート・アルバイトが退職時に、未加入であった旨の申し立てを起こされることもあり得ます。労働契約の内容が雇用保険に加入させる対象者でなかったとしても、就労の実態として、加入させるべき実態労働があるのであれば加入させる必要があります。
保険料については、建設、農林水産業など一部の事業を除き、労災、雇用保険を合わせて一つの労働保険として保険料を取り扱うことになります。雇用保険については毎月の給与で個人の保険料を控除することになりますが、社会保険のように毎月納付する必要はありません。(労災保険は個人負担分はなし)
まず労働保険が成立した段階でその年度分の保険料を概算で先払いしておきます。その年度が終了した段階での年間賃金総額と保険料率に基づき確定の保険料が確定されますので、この確定保険料と先払いした概算保険料とを調整し精算することになります。(毎年6月1日~7月10日での間の処理)この後再度来年度の概算保険料を申告納付することになるわけですが、前年度の精算分に不足が出た場合はこれも合算して納付することになります。
従って、従業員を多く雇用したなどで急に人件費が増大した年度などは、労働保険料が大幅にアップする場合がありますので、社会保険料同様にその備えをしておく必要があるでしょう。
社会保険はそれぞれ監督機関を異にし、制度自体も一般の人がたやすく理解できるものではありません。しかし、会社の義務とされている手続きや届け出に関しては必ず行わなければならないことです。人を大切にする会社創りの第一歩として、漏れなく一つ一つ処理を進めていきましょう。